雑誌掲載作品 掲載誌 内容
「青年」 20巻12号、22巻1号、25巻4号、26巻1、3、4号、30巻5号、大日本職合青年団
「デコチン物語」 「新少年」?~10、11月号~11年5月号 最終連載月については、黒田明氏のご教示による。
「太陽の凱歌」 「少年倶楽部」1-12月号 .
「東の先駆者」 「雄弁」1-11年6月号 .
「皆様に」 「雄弁」1月号 「東の先駆者」の作者の言葉。連載第一回目と同時掲載。黒田明氏のご教授による。
「小説・最後の勝利」 「日の出1月号付録・小説迫る国難」 福永恭助、平田晋策共著。(平田の時局解説「一九三五年」を冒頭におき、ついで「小説・最後の勝利がおかれている)
 「入営を祝ふ」  「『日の出』新年特大号第二付録「スグに役立つ実用手紙の書き方」  
座談会「悲劇を生む恋愛」 「主婦之友」1月号 出席者は他に宗教家友松円諦、家政科学研究所所長高良富子、玉成学園延長平山信子。
 「名士名流結婚調べ」  「婦人倶楽部」1月号 アンケート 
「嫁入口を旧師に依頼する」「転任先の知人へ借家を頼む」「夫を亡くして開店した友へ」 「婦人倶楽部二月号付録・婦人手紙文全集」 .
「牲の明眸」 「富士」2月号 .
「法然上人」 「日の出」2-3月号 「大衆文学大系別巻・通史資料」(昭和55年、講談社)の「主要雑誌総目次」による。。国会図書館「『日の出』荘目次1(1)~14(7)」による。
「戦車軍曹の恋」 「講談倶楽部」3月号 .
「躍進日本の青少年に捧ぐ!!」 「少年倶楽部」3月号 (広告)
「続人生古今集」 「偕行社記事」727(4月)-731(8月)、733(10月)-735(12月)号 .
「少年進軍」 「日本少年」4月-11年3月号 .
「見えない飛行機」 「幼年倶楽部」4月-11年3月号 .
「露軍奉天敗走記」 「日の出」4月号 「文芸年鑑」による。国会図書館「『日の出』総目次1(1)~14(7)」による。
「どりこの」広告 「少年倶楽部」4月号 .
 「技術偶感」  「軍事と技術」4月号  
「日本振天記」 河北新報夕刊5/22-昭和12年3/13連載、532回 鈴木御水画。「河北新報の百年」による。
「日満に春匂ふ日」 「日の出」5月号 。国会図書館「『日の出』荘目次1(1)~14(7)」による。
「文壇新人一頁評論」 「雄弁」6月号 .
 「名士・新婚当時の月給と家賃」  「モダン日本」6月号  黒田明氏のご教示による。
「侠血抄」 「講談雑誌」6~7月号 黒田明氏のご教示による。
「凱旋の松葉杖」 「講談倶楽部」7月号 .
「もっともっとグングン」 「幼年倶楽部」7月号 .
「母と母」 「キング」8月号増刊 .
 「『曇り後晴れ』とハンカチは唄ふ」 「婦人倶楽部」8月号  細木原青起・画。絵物語 
「西郷隆盛」 「日の出」8月-11年12月号 「大衆文学大系別巻・通史資料」(昭和55年、講談社)の「主要雑誌総目次」による。。国会図書館「『日の出』荘目次1(1)~14(7)」による。
 「独身医師の生涯」  「浄土」8~9月号  
 「シェパード雑種犬の性能について」  「農業世界」11月号  
「どりこの」広告 「少年倶楽部」11月号 .
「『見えない飛行機』の山中峯太郎先生にお話をきく」 「幼年倶楽部」12月号 (対談)
     
  書籍名      出版データ  
 「空と陸の秘密戦」  誠文堂新光社 ?    
 「白道を歩む」  同文社、2月  短編集。
「乞食上人の聖願」(「富士」昭和5年1月号)
裕福な家に生まれた息子が「喧嘩せずに生きて行く方法はないか?」という疑問にさいなまれ、世を捨てて出家をする。
「縁ありてこそ」
僕の亡くなった乳母に対する思いをつづる。
「親身」
私にやさしくしてくれる「おばさん」は実の母であり、自分は養子にやられた身であることを知らなかった子供の話。
「母の本心」
後妻のお秀は義理の子よりも実子の処刑を奉行に望んだ、という心を描く。
「鞭打つ愛」(「講談倶楽部」昭和7年11月号)
維新の時代に苦労して子供を育て上げた関口鍛音子夫人の伝記。
「歩哨小屋の傷跡」
連隊に幽霊が出るという噂だったが、実は同じ連隊で日露戦争で戦死した父親を偲んで泣く兵士で、努力した結果銃剣術試合で優勝することが出来た。
「手首の血」
子供が手首にけがをしたところ、母親も同じところが腫上ったという掌編。
「処女夫人」(「日の出」昭和9年10月号)
電車で見かけた井岡博士夫人は、結婚直前に事故で脳を破壊されてしまったが、井岡博士の愛情はかわらず処女のままの夫人と三十年添い遂げている。
「黒衣の聖者」
盗賊耳四郎が法然上人に弟子入りをする。
「牲の明眸」(「富士」昭和10年2月号)
妻と娘を捨てて愛人と住む代議士のために、娘は恋人をあきらめて政略結婚を承諾する。
「君江夫人の遺書」
死の床にある妻は夫が後妻を迎え、子供たちと幸せな家庭を築いてくれるため、自分を早く忘れて欲しいとわざとつれない態度をとっていた。
 
 「星の生徒」  実業之日本社、3月

【出版者】 実業之日本社
【初版年】 1935/03/25
【ページ】 380p
【大きさ】 20*14cm
【注記】 付:箱
   
「団子二等兵」  軍人会館事業部、3月    
 「満州事変絵画集」  偕行社編纂部、5月  革装、箱入りで全ページカラーイラスト入り。戦史画篇と写生画篇にわかれている。満州事変の戦いの経緯と満州の風俗暮らしを紹介しているが、これらにつけられている数行の解説文が峯太郎によるものである。

満州事変突発の夜、即ち昭和六年九月十八日、我が独立守備歩兵第三大隊の川島中隊は敵の鉄道爆破と挑戦に対して、遂に北大営へ夜襲を決行した。部下僅かに百余名、白布を襷にして軍刀を揮えるは、中隊長川島大尉、軍帽に白布を巻ける者あるは、演習そのまま突撃してきたからである。

といった具合である。
 
 「人生古今集」  帝国陸軍?、6月  「本稿は山中峯太郎氏の随筆にして、主として軍人修養の参考として起稿せられたるものなるも、多く古今名士偉人の言行を蒐録し、青年修養の一資料としても、極めて有益なるを認め、印刷に附して諸氏の机邊に贈ることとせり」と冒頭にあり、「岡宮大佐」と記されている。これ以外に書誌データはない。裏表紙にゴム印で「陸軍歩兵少尉石井正」とあり、軍部内部向けの資料として印刷されたものか?  
 「第九の王冠」  実業之日本社、7月

樺島 勝一/装幀・挿絵
【出版者】 実業之日本社
【初版年】 1935/07/30
【ページ】 264p
【大きさ】 20*14cm
   
 「太陽の凱歌」  大日本雄弁会講談社、11月    
 「黒星博士」  警醒社、12月    
 「受難の生母」  新潮社、12月    
     

1935