山中峯太郎
(1885〜1966)

軍人・革命家・作家
陸軍大学校を中退し、第二次辛亥革命に参加。その後作家として活躍。

戦前には「敵中横断三百里」「亜細亜の曙」で「少年倶楽部」の人気作家となり、戦後の小学生の「ホームズ」といえば、峯太郎翻案のホームズだった。


革命家としての側面

峯太郎は士官学校時代、留学生として来日した中国の民主革命家たちと親しく交わり、仲間入りをする。そして陸軍を休職して第二次辛亥革命に参加して実際に戦場にも立った。孫文の信頼も厚く、のちに満州総参謀長にも任命された。さらにインド革命を志すボースの面倒もみたことがある。

陸軍軍人としての側面

峯太郎は元々は生粋の軍人であり、士官学校の同級生として阿南惟幾陸軍大臣、今村均第八方面軍司令官、本間雅晴第十四方面司令官らがいる。また東条英機首相とも親しかった。同期生に先んじて一番で陸軍大学校に合格するほどの頭脳をもち、そのまま陸軍士官の道を進めば、少なくとも将軍にはなれたのは確実だった。